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現場から:横浜市、増え続ける「無縁仏」 保管・合葬場はパンク状態=横浜支局記者・宇多川はるか /神奈川

毎日新聞 2013年06月08日 地方版


ひっそりとたたずむ無縁仏の納骨堂(中央)=横浜市西区元久保町の久保山墓地で
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 ◇身元判明、引き取り拒否も

 誰にもみとられず亡くなり、引き取り手もない遺体「無縁仏」が、横浜市で近年増加している。やむを得ず市が引き取った遺骨は昨年度、1000体を超えた。遺骨を納める久保山墓地の納骨堂は、約10年前からパンク状態にある。生きていればさまざまな縁があるはずなのに、「無縁」になってしまった人たち。増え続ける無縁仏は、現代社会の希薄な人間関係の一端を浮き彫りにしているように感じる。

 横浜市戸塚区で昨年9月、木にかけたひもで首をつった男性の遺体が発見された。推定20〜40代。灰色の半袖Tシャツに黒色ズボン姿で、そばに年配女性の額に入った遺影があった。

 県警が全国の行方不明届に照会をかけたが身元確認につながる情報はない。鑑識が指紋をとったが、前科はなく手がかりにはならなかった。

 遺体に損傷はなく顔ははっきり分かるのに身元は分からないまま。鑑識課員は「生前の情報がなければ照合できない。誰も捜していないことはないと思うが......」と首をかしげた。

 DNA鑑定が普及するなどして警察の照合技術は上がったが、身元確認は親族や知人の申し出が頼りだ。

 警察庁によると、全国の身元不明遺体は記録が残る1995年以降、2012年末時点で1万9673人(うち男性1万7369人)に上る。毎年1000人以上発生する一方、特定の決め手となる生前情報は限られ、後に身元が判明するケースは年100〜200人台にとどまる。

 神奈川県は身元不明遺体の発生数が毎年50人を超え首都圏でも多いが、確認数は年間数〜十数人。

 厚生労働省は今年度、大規模災害時を想定して歯科医の電子カルテを標準化する実証事業に乗り出す。日本歯科医師会は、電子カルテのデータベース化が進めば、平時の身元不明遺体も、歯の情報を有効活用して特定がスムーズになるのではないかと期待している。

 ただ、無縁仏になってしまうのは、身元が分からない人だけではない。市によると、引き取る遺骨の大半は、身元が分かっているけれども引き取り手がない生活保護受給者だという。親族を捜し当てても「もう縁は切れている」と断られるケースが多い。

 身寄りがない生活保護受給者が無縁仏の総数を押し上げ、市が引き取った遺骨は12年度に1035体。5年前の07年度の約1・5倍に膨らんでいる。

 横浜市西区元久保町の高台に広がる久保山墓地。その片隅に、石造りで円筒形の納骨堂がひっそりと立っている。納められているのは、市内の無縁仏の遺骨だ。

 市が遺骨を保管する期間は5年間。しかし、中にあるのは4年間分の約2500〜3000体。直近1年分は入りきらない。約10年前から、葬祭業者に保管を任せる状態が続いている。

 保管期間5年を過ぎても引き取り手が現れなければ、納骨堂の裏に設置された「カロート」(遺骨を納める場所)に移して合葬される。

 現在、カロートは二つある。一つがパンク状態になったため、06年に増設した。「パンクするとは想定していなかった。やむを得ず設置した」と市の担当者。増設によって「20〜30年は受け入れられる」と見込むが、「また想定外のことが起きれば、その時にまた対処法を考えないと」と言う。

 ◇「捜されない遺体」に衝撃

 私は今春に横浜支局に赴任する前、仙台支局で勤務し、東日本大震災で被災した宮城県を2年間取材した。出会った被災者の多くが家族や親類を亡くし、遺体が見つからない人も少なくなかった。大半の人々は時間がたっても、遺体を捜し続けていた。

 今年3月11日に同県気仙沼市で開かれた追悼式典で、遺族代表として壇上に立った同県石巻市の門馬(もんま)恵子さん(54)の言葉が忘れられない。

 門馬さんの夫勝彦さん(当時52歳)は警察官だったが、震災で行方不明になった。その言葉は、夫に向けられたものだった。「願っても願っても帰ってこないけれど、いつまでもいつまでもお待ちしております」

 声を詰まらせながら話す門馬さんの姿に、会場からすすり泣きが漏れた。同席した遺族の中には、遺体が見つからないままの人もいたと思う。

 必死に遺体を捜す人たちを取材してきた直後に知った、横浜市の「捜されない遺体」の多さ。衝撃的だった。何をどうすれば無縁仏が減っていくのか、まだ私は方策を見いだすことができない。今は、これ以上増えなければいいと願う。