中世の縁で初「献上米」 京都・醍醐寺の荘園 大野・牛ケ原
中世の交流を現代に―。かつて京都・醍醐寺の荘園だった福井県大野市牛ケ原にある乾側小は2日、同寺に贈るもち米を収穫した。同寺に今年初めて贈る米を全校児童が額に汗して刈り取り、「完ぺきな出来」「おいしいお米を届けられる」と笑みがあふれた。
牛ケ原は、平安時代後期から室町時代初期にかけて醍醐寺円光院の荘園だった。同校教諭が5年ほど前にこの歴史を知って以来、6年生の修学旅行では毎回同寺を訪れ、寺の熱烈な歓迎を受けている。
一方、学校田では例年もち米「タンチョウモチ」を栽培。周辺住民と児童の交流会でもちをついて味わっていたが、地域の人に限らず広く感謝の気持ちを表そうと、醍醐寺に贈呈を申し出、寺が快諾した。
この日、児童37人は校門前にある約1500平方メートルの田んぼに出て、次々とかまで刈り取った。5月に手植えした稲は胸丈ほどになっていたが、子どもたちは腕いっぱいに抱えて楽しそうに運んでいた。
約800キロ収穫し、このうち30キロを11月に金森知子校長や児童代表ら5人が醍醐寺へ持参。正月用の鏡もちなどに使われる予定という。代表になった橋本優也君(12)と佐々木智子さん(11)は「みんなの愛情たっぷりのお米を届けてきます」と意気込んでいた。金森校長は「児童が醍醐寺とつながりがある古里に誇りを持ってくれるとうれしい」と話していた。
醍醐寺へ贈呈分以外のコメは、給食や、11月9日に開く地域との交流会で味わうことにしている。
(2008年10月03日 福井新聞)


