読売新聞「日本の知力」 第5部 宗教で考える
人間がより良く生きるために必要な英知とは何なのか。宗教を鍵に考える。
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人類の祖先クロマニョン人は、アクセサリーを身に着けて葬られていた。彼らは「死」「弔い」を理解していた。フランスの歴史家アリエスは「死者を葬送する唯一の動物」と人間を定義したが、葬送営墓は、数万年前の新人の時代から連綿と続いてきたのだ。
わが国で今、この常識が揺らぎ始めている。葬送問題に詳しいノンフィクション作家の井上治代さん(57)は言う。「少子高齢化で、先祖代々の墓を維持するという伝統はすでに幻想に過ぎなくなっている」
代わって、井上さんが取材先で目にすることが増えたのは、墓も仏壇も持たず、自宅に遺骨を安置する「手元供養」だ。夫に先立たれた妻が生前同様、「お父さん、今日、こんなことがあったんだよ」と話しかけ、故人の声に耳を傾ける。
「私のお墓の前で泣かないでください」と歌い出す「千の風になって」。その大ヒットは、現代の死者像が「たたる、恐ろしい霊」などでなく、「生者を優しく見守る隣人」に変容しことを示している。死者は墓にはいないし、死んでもいない、と歌は続く。
納骨不問の電脳墓地
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その島を訪ねると、懐かしい風景のなかに約500区画の墓地が広がっていた。アバターと呼ばれる分身を操作し歩を進めるとお墓が見えてきた。手を合わせる。お花もささげたーー。
「メモリス島」はネット上の仮想世界「セカンドライフ」内に昨年開設された電脳墓地だ。ネット上に思い出の映像、文章を保存することもできる。
運営するメモリス社(東京・東新橋)は、お骨を納める従来のお墓のあり方を否定している訳ではない。だが「墓や骨よりネット内に蓄積させた映像の方が『その人らしさを表現できる』」と感じる人も多いのでは」と、兪佳元(ゆ かげん)社長(28)は時代の変化を読み取る。
「焼かれてDNAも残っていない遺骨はただのリン酸カルシウム。墓に入れてもいいし、入れなくてもいい」。真言宗の功徳院(東京・巣鴨)責任役員、松嶋如戒さん(71)は、考案した同院のパソコン墓石「翔天」の前で淡々と語った。
翔天は、装置に専用カードを差し込んで遺影や戒名を呼び出し墓参するシステム。納骨するかどうかはまったくの自由選択だ。パソコン上で墓参できるサービス「サイバーストーン」も年内に始める予定だという。
葬送は型を離れ、仮想化、個人化へと拡散しつつある。死や弔いに対する人間の宗教的な心性はどこまで変容していくのだろうか。
西洋史が専門の印刷博物館長、横山紘一さん(67)は「過去から受け継いできた伝統や心性は、葬送儀礼を通して初めて次世代へと受け継がれる」とその文化的意味を強調する。
人間が真に豊かな社会を維持していくのに不可欠な知のシステム。種としての生命のリレー。それこそが葬送なのだ。「過去の世代を粗末に扱って平気な世代は、未来の始祖にゃ地球環境への責任感も失いかねない。今こそ葬送の意義を考え直すべきだと思う」
2008年10月21日 読売新聞「日本の知力」 第5部 宗教で考える


