法と現実の挟間で苦悩(医療介護情報ネット キャリアブレイン)



 高齢社会の進行で、「胃ろうからの経管栄養」が必要な人が増加し、今後も増えると見込まれる中、その受け入れ先が不足していることが問題になっている。多くの特別養護老人ホームは、医療職配置の体制が整わず、「受け入れたくても受け入れらない」と嘆く。中には違法と知りながらも介護職が経管栄養を行っている事実もあるなど、現場は法令と現実の乖離に悩んでいる。揺れる現場に迫った。


【人材難で必要な援助できず】
 東京都23区内のとある特別養護老人ホーム。施設に入居する高齢者が容態の急変により病院に搬送された。重度の要介護者を抱える特養ではよくあることだ。この入居者が施設に戻ってくることはなかった。決して亡くなったわけではない。病院で手術を受け、「胃ろう」を取りつけたからだ。
 施設ではこれまで、胃ろうを取りつけた人を受け入れたことがない。厚生労働省が定める看護職配置3人以上の施設基準は満たしているものの、「とても現状の配置では胃ろうからの経管栄養に対応できない」と判断したことが理由だ。
 施設で働くケアワーカーたちは戻って来られなくなった入居者のことを思う。「胃ろうを取りつけたとしても、また施設に戻ってきてほしい」。

 経管栄養とは、脳卒中の後遺症などで口から十分な水分や栄養が摂取できない「嚥下(えんげ)障害」の状態の時、管を通して液状食事を注入し栄養補給する方法のこと。経管栄養の注入は在宅で家族が行うことは可能だが、原則「医療行為」であり、医師法第17条や保健師助産師看護師法第31条によって、施設などでは医師や看護師ら医療職のみに許されている。
 経管栄養には、鼻から管を通すものと、腹部の皮膚を貫いて胃または腸に管を通すものがあり、胃に管を通すものが胃ろうである。
 胃ろうを取りつける手術は内視鏡で行う技術が導入されてから容易に行えるようになり、内科医も手術が可能。日本で胃ろう処置を受けた人数は正確に把握することはできないが、器具の出荷メーカーなどによると20~30万人ともいわれており、普及は進んでいるといえる。

 この特養の施設長は日ごろから経管栄養の必要性を痛切に感じてきた。そう感じる理由は、施設に戻れなくなってしまう入居者への気持ちだけではない。
 現在の入居者たちの栄養摂取は、ケアワーカーが口まで食事を運ぶ「食事介助」による。その際、入居者には座位をとってもらわなければならない。しかし特養の入居者の大半は要介護度4以上。1人の食事介助に1時間以上かかることもあり、座位をとる高齢者には大きな負担になってしまう。一方、胃ろうによる経管栄養は、注入の方法にもよるが、早い場合10分間で済む。「口には出さないが、食事介助の限界を感じている家族も多い」(施設長)。
 また、食事介助に長い時間がかかることについて、「労働力の観点からいっても非効率」と施設長は話す。都内の介護施設では、医療職だけでなく介護職の人材不足も深刻な問題。現場の介護職は一人で多くの業務を抱えざるをえず、厳しい勤務を強いられているのが現状なのだ。

 今年8月5日に行われた施設の納涼祭の日。施設長は“意を決して”入居者の家族たちの前に立った。「施設内で胃ろうから経管栄養を行うことを考えていきたい」。家族からはどよめきが起こった。「胃ろうが受け入れられる日がやっと来るのか」。

 施設長は実際に行う方法を探った。当然、看護師の配置を増やすことで対応は可能となる。しかし施設長の試算では、4人用のユニット部屋を胃ろう入居者の専用部屋にするだけで、常勤の看護師があと1~2人は必要になる。今年度の診療報酬改定で一般病棟に7:1の看護職配置基準が新設されたため、病院間による看護師の獲得競争が激しさを増している。「低設定の介護報酬のせいで、介護施設が看護師に出せる給与はどうしても低くなる。これ以上の看護師採用は困難」。施設長はそう言って溜め息をついた。

 それでも胃ろう入居者を受け入れたいとして、普段施設に来て往診してくれる嘱託医にも相談した。「今、勤務するケアワーカーたちが、経管栄養を行う方法はないのだろうか」。嘱託医は首を横に振った。

【必要に迫られ法令違反も】
 「急性期病院でしか勤務経験のない医師の中には、介護現場の現状について知らない人も多く、栄養摂取の観点だけで胃ろうの取りつけ手術を行ってしまう現状がある」。神奈川県で診療所を開業する外科医は、診療所の近くの有料老人ホームに嘱託医としてかかわるようになって、高齢者やその家族たちの苦悩を知った。医師からの説明を受けずに胃ろうを取りつけた高齢者や家族の中には、取りつけて初めて受け入れ先の不足に気づく人もいるのだという。この外科医は、胃ろうの取りつけについて再考せざるをえなくなった。

 厚生労働省医政局医事課の法令係はキャリアブレインの取材に対して、「医師法に定められている以上、介護職による医療行為は認めらない」と話す。さらに、「最終的に判断するのは司法だが」と前置きした上で、「発覚すると場合によっては罰則を課すこともありうる」としている。

 しかし、違法と知りながら、介護職がやむをえず経管栄養を行っている現実もある。東京都社会福祉協議会が2004年に介護職を対象に実施した調査によると、「経管栄養(胃ろうを含む)の栄養剤の注入」を日常的に実施している割合は25.5%にも上った。実施する際に「医師や看護師の指示がある」と回答したのは58.1%だが、指示があったとしても法令では認められていない。自由記述からは、「看護師が足りないのでやらざるをえない」とする回答が多く見られた。

 介護職による経管栄養は法令違反―。そのように規定されている以上、これまでに何らかの処分が下されたことはあるのか。東京都福祉保健局に問い合わせたところ、担当者は、「胃ろうからの経管栄養を行って行政処分を受けた施設介護職はこれまでいない」と話す。医療行為について調査した東社協は、都とかかわりの深い機関。現状を把握しているはずだ。都も黙認しているということなのか。

 日本の高齢化はさらに加速し、それにともない、胃ろうなどからの経管栄養のニーズは今後高まることが予想される。しかし、高齢者の生活の場として役割を期待される特養など介護施設は、現実と法令の狭間で揺れている。
 行政が法令違反を黙認しているという事実がもしあるのならば、行政は現実に即した制度や法令の整備に努めるべきだ。経管栄養を日常的に行っている介護職の64.6%は、実施していることについて「不安」と回答している。

 前述の特養の施設長は、「胃ろう入居者の受け入れについてこれからも時間をかけて検討していく」としながらも、看護師の増員には期待できない。またケアワーカーに経管栄養を行わせることについては、「いくら入居者のためとはいえ、介護職にリスクを負わせることなどできないし、何かあったときに嘱託医に責任がかかってしまう」と嘆く。「入居者のニーズに応えたくても応えることができない。一体特養の役割とは何なのだろう」。施設長はこの日何度目かの大きな溜め息をついた。


出典元:医療介護情報ネット キャリアブレイン(2007/8/23)





▲このページの先頭に戻る